とちテレアナウンサーブログ

2016年04月01日(金)

イブニング6最高!

本番前のひとコマ

本番前のひとコマ

思い出は尽きない…

思い出は尽きない…

このセットともお別れです

このセットともお別れです

若林さん!素敵な時間をありがとう。

若林さん!素敵な時間をありがとう。

2002年4月1日にスタートした
イブニング6は
2016年4月1日に最終回を迎えました。

私は2006年4月3日に初登場し
丸10年、担当いたしました。
初めてキャスターとして務めたのが
イブニング6でした。

本当にたくさんの出会いがありました。
番組でも話しましたが「おうち」のようでした。
感謝の一言です。

5年間通ったセットとも、
そして…若林アナウンサーとも。
さびしい限りです。
お世話になりました。

4月4日からは新番組が一斉スタート。
私は木曜日と金曜日の夜9時から担当です。
改めて、よろしくお願いします。

とちぎテレビ
飯島誠

2016年03月31日(木)

関谷さんお疲れ様でした!

「行ってきます!」の瞬間

「行ってきます!」の瞬間

通い慣れた道

通い慣れた道

こういう感じで待ちます

こういう感じで待ちます

本番中・・・最後の最後

本番中・・・最後の最後

ありがとうございました!

ありがとうございました!

「それでは最後…行ってきます!」
元気に控室を出て行った関谷忠一さん。

イブニング6の「ネイチャーリポート」、
きょうが最終回でした。

とちテレが開局した1999年に
当時の朝ワイド「朝生とちぎ」に初出演。
それから丸17年の月日が流れました。

「17年間ね、1回も休まなかったのは
誇りに思っていますよ」と
いつもの笑顔で話していました。

放送が終わってから
何か大きな空虚感が生まれました。
○ロスってやつかしら。
いずれにしても、大きな転換点です。

私も木曜担当時代、ご一緒させていただきました。
自然塾には何度か参加させていただきました。
栃木の自然の深さ、楽しさを教えていただき、
2人でかなりの深酒をしたのはいい思い出として(笑)
本当にありがとうございました。

とちぎテレビ
飯島誠

2016年03月28日(月)

テレビもラジオも「昭和時代」に!?

福嶋アナ。ここから歴史が始まった。

福嶋アナ。ここから歴史が始まった。

ラテ欄もご覧のとおり。祭りだな…

ラテ欄もご覧のとおり。祭りだな…

増田VS福嶋の爆笑!告知合戦

増田VS福嶋の爆笑!告知合戦

ラジオらしい
大騒ぎな放送になりました!

本日、ラジオCRT栃木放送が
とちぎテレビの隣にお引っ越し。

地番で言いますと
昭和2−2−2がとちぎテレビ。
昭和2−2−5が栃木放送。
どうぞお間違いのないように。

午前5時から放送の移転初の番組、
「ココロ晴れルヤ!」のスタジオにお邪魔し
真新しい局舎の生中継を行いました。
・・・といっても。リポーターではないのですが
パーソナリティの福嶋真理子アナに名前を呼ばれ、
テレビカメラの後ろで、もうハチャメチャでした。

増田アナウンサーとのかけ合い、
コントみたいでしたね。
いかがだったでしょうか?

栃木放送は53年の歴史。
それこそ、私が小さい頃、
今よりも情報発信ツールが少なかった時代は
ラジオに出演となると、
地域で大きな話題でした。

今、新しい出発の瞬間に立ち会えて
非常に感慨深いものがあります。
テレビとラジオのいいとこ取りで
楽しい風を「昭和界わい」から届けられればと
思います。

とちぎテレビ
飯島誠

2016年03月27日(日)

3・11のこと

浮かび上がった“SAKURA3・11”

浮かび上がった“SAKURA3・11”

宮城の被災地からのメッセージ

宮城の被災地からのメッセージ

午後2時46分の空

午後2時46分の空

ハープの音色が心地よい

ハープの音色が心地よい

3月もあとわずかです。
何かと忙しく、更新も滞っておりました。

「3・11」のことを書きます。
今書いてみると、改めて
いろいろなことが頭をめぐります。

イブニング6、中継を担当しました。
さくら市で行われた被災地復興を祈る催し。
社会福祉協議会とともに
さくら清修高校の生徒の皆さんが
ほとんどを企画、実行していたのでした。

灯ろうはさくら市内の小中学生と
さくら清修高校生の手作り。
宮城の被災者からもメッセージが届き
暗闇をほのかに灯しました。

1100個ある灯ろうの前で
2時46分に黙とう。
すると、寒空、厚い雲の間から
光が差し込んできたのでした。

ハープの音色が優しく会場を包みます。
皆さん、被災地を訪れ、話を聞き
自分の目で確かめてきたのでした。

「上を向いて歩こう」をみんなで合唱。
これも、生徒の皆さんが発案。
みぞれ交じりの雨も降ってはいたのですが
心に響くものがありました。

2週間前の出来事を今書いています。
あの時は「忘れない」がテーマでした。

被災者の人は忘れていません。
むしろ「忘れたい」「忘れたくても忘れられない」
「次に進みたい」という声が多いと
被災地支援を続ける人から聞きました。

わずか2週間です。
自らに問いかけます。
復興への取り組みは今も続く。
そのことを忘れないでおこうと思います。

とちぎテレビ
飯島誠

2016年02月29日(月)

明保地区の震災講演会にて

震災からまもなく5年を迎えます。
各地で、震災の教訓をどう生かすか
取り組みが行われています。

宇都宮市の明保地区で開かれた
講演会の取材をしました。
福島第二原発のある福島県富岡町出身で
震災当時は福島市に住んでいた
大山香さんの話を聞きました。

大山さんは現在は宇都宮に住み
「栃木県避難者母の会」の代表でもあります。

地震が起きた後に、ふるさとから
母親やきょうだいが避難し、
9人で生活をしたこと、
1家族に配給される水は3リットルまでで
食事、トイレの水確保に苦労したことなど
当時の話をしてくれました。

「『自分の家がこうなったら…』と
考えてみてください」と
大山さんは話しました。

5年たっても
福島県の新聞やニュースは
連日、震災関連情報を伝えています。
ほかの地域では、ほとんどありませんと
話しました。

ふるさとから離れてマイホームを買った。
しかしふるさとを離れたので
家を買ってもうれしくないという人が多いと
話しました。

主婦の目線で話した大山さん。
「泣いている女性が、陰で泣いている女性が
たくさんいます」。
5年たっての、ことばです。

とちぎテレビ
飯島誠

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プロフィール

飯島 誠(いいじま まこと)

■氏名:飯島誠
■誕生日:5月22日
■出身地:栃木県小山市
■趣味:鉄道旅行、「ウチのメダカ」の飼育
■特技:話し相手の地元の話に強い(合わせられる)
■モットー:ゼロから。
■好きな食べ物:辛いもの。麺類なんでも。
■苦手な食べ物:特になし
■パートナーに...

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