とちテレアナウンサーブログ

2015年08月28日(金)

釜石・「信念の」女将さん

岩崎昭子さん

岩崎昭子さん

旅館宝来館。裏山に避難したのです。

旅館宝来館。裏山に避難したのです。

映像と同じアングルで。胸が鳴りました。

映像と同じアングルで。胸が鳴りました。

朝の「語り部会」です

朝の「語り部会」です

岩手県釜石市に取材に行きました。
お会いしたい方がいました。

宿泊する宿の女将さんです。
夜、食事をしていると
突然、現れました。

「皆さんのおかげで
ここまで復旧しました」。
ニコニコ笑顔…声がとても明るい。
「皆さんのおかげ」の言葉に
ものすごい重みがある…

根浜海岸にある旅館「宝来館」の
岩崎昭子さんです。
震災で旅館の2階まで津波が到達、
裏山に逃げたが波にのまれ
しかし、奇跡的に助かったという経験を
お持ちです。

震災直後、我々も
ニュースを作り続けましたが、
津波が押し寄せる瞬間をとらえた映像が
サイトに上がっているのを見て
何とも言えない気持ちになったのを
今でも覚えています。

夜、ロビーにひとりでいると
たまたま岩崎さんが。
椅子に座られたので、話を聞きます。

「無我夢中でここまで来ました」
「皆さんのおかげで…こうやって出会いも生まれて
だからやって来られた」。
途切れず、とにかく明るく話す。
でも、ここにたどり着くまで
どんな思いをしてきたのでしょう。

岩崎さんは朝、震災の語り部をしています。
「隠すことなんてないから」と
いろいろな話をしてくれます。

「旅館の改修は国の税金も使ったんです。
今は、お返しすることと言ったら
『今はこういう状況なんだよ』と
説明することくらいです。
でも何とかお返しをしようと思っている」。

「そのためには、ここでずっと住んで
ここで元気に暮らすことが重要なんです」。
…岩崎さんは『夢』を語りだしたのです。

「ここに住んで、みんなに来てもらって
ここから元気を発信する。
そうすることで、あのラグビーのW杯の会場も
持ってくることができたんです。
ここから元気を届けたい。
そうすれば人が集まり、何かが生まれ
人口減少時代にあって、ここだけ人口が
増えるかもしれない。
人口増えるかな…増やしたいんです」。

夢を語れる強い信念がある。
誰かのために、と常に思っている。
やさしい笑顔に、まさに元気をもらいました。
大きな引き寄せの力に、感謝したいと思います。

とちぎテレビ
飯島誠

2015年08月09日(日)

みんなで作った「思ひ出」の花火

須永花火さん。この日気温32.2℃

須永花火さん。この日気温32.2℃

許可を頂いて、2尺玉打ち上げ場見学

許可を頂いて、2尺玉打ち上げ場見学

我々も楽しみました!

我々も楽しみました!

「実行委員会の皆さんの思いを
裏切りたくないんですよ」。

うつのみや花火大会の打ち上げ担当、
須永花火の田島浩(ゆたか)工場長は
大汗を拭きながら、笑顔でした。

通常ならば準備作業は
毎日、夜12時前には終わるそうですが、
宇都宮だけは朝4時、5時までかかる。
暑さと寝不足で…でしょうが、
工場長は、ニコニコ笑顔なのです。

「実行委員会とのコミュニケーションが
しっかりとれるので
花火師としても
『他ではまねのできないことをやろう』
『これはもったいない、とプロが思ってもらえる
ような使い方をしよう』と考えることができる。
だって、オープニングで2尺玉3連発、
10秒間隔で上げるなんてないですよ」。

今年の総合テーマは「思ひ出」でした。
田島工場長は、あえて実行委員会にも
打ち上げ内容は伝えませんでした。

第2部のタイトルは「思ひ出」。
「第1回から8回までの打ち上げ方、
花火の種類がどこかに入っているので
『あ、これ見たことある』と思ってもらえたら
うれしいですね。ここまでだな、言えるのは」。

第3部のタイトルは「架け橋」。
「市民、スタッフ、花火師の架け橋を
イメージしています。
橋が出てきますよ。
教えられるのは、ここまでということで」。

実行委員会のイメージは
「来年の10周年につなげる」ことを
花火で表現したいんだと話していました。
お互いの思いを大切にした上で
「時」をつなぎ、「人」をつないだわけです。

花火打ち上げスタッフは27人。
唯一の女性は、吉津亜由美さんです。
「宇都宮の花火は準備が大変です。
コンピューター制御ですが、
複雑な打ち上げ方なんです」。

実行委員会、ボランティアスタッフは
午前中から設営に大忙しでした。
梅田哲治会長は「団結力は半端ない。
年ごとに強くなっていく。
ボランティアは自主的に動いでくれる。
すべては市民のため、子どもたちのためです」。

思いが詰まった花火大会。
我々のすぐ目の前で、打ち上げられました。
1発1発の光と音に
大きなメッセージが込められているような、
そんな気がしました。

とちぎテレビ
飯島誠

2015年08月07日(金)

うつのみやの花火は・・・

設営はすべてボランティア

設営はすべてボランティア

今年の準備は猛暑日の中で

今年の準備は猛暑日の中で

会長の梅田さんも毎日作業

会長の梅田さんも毎日作業

「大都市の花火大会」、
「20000発の花火」、
「去年は39万人の観客」、
日本の花火大会ではよくある文言でも、
「これだけの規模の花火大会が
すべてボランティアスタッフで運営」となると
話は違ってきます。

宇都宮の花火大会、
今年の会長の梅田哲治さんは
重みのある口調で話します。
「これは日本で唯一のものです」。

宇都宮市の花火大会は
9年前に「復活」しました。
3年のブランクを経て、しかし
その道のりは並大抵のものではありません。

莫大な費用は、すべて
運営するスタッフがボランティアで集めたもの。
責任と自覚をもつために
NPO法人まで立ち上げたほどです。

しかもNPO法人の名前は
「うつのみや百年花火」。
どこまでも先を見据えた取り組みなのです。

「スタッフはみんな、お金ではないところで
一生懸命やっている。
もちろん、資金集めは本当に大変だけれど
このまちに恩返ししたいという気持ちで、
だから責任を持って当たっている」。

「一番の目的は、子どもたちに花火を見せること。
思い出を作ってほしい。
思い出は、人間にとっては財産。
思い出はどんなものよりも価値がある」。

梅田さんが考えた今年のテーマは
「思ひ出」です。
すべては市民のために、子どもたちのために。
記録に残る酷暑になったこの1週間、
スタッフは自主的に集まり
ステージを作り上げたのです。

8日土曜日、午後7時30分から
花火は打ち上がります。
とちテレも生中継、私は初参加です。

会場の観覧席は、一般席はまだ空きがあります。
自分の頭上に打ち上がる「特等席」です。
スタッフ全員の思いが伝わって
最高の「思ひ出」ができることを祈りたい。

とちぎテレビ
飯島誠

2015年08月03日(月)

記憶に残る 宮まつり40回。

豪華!伝馬町屋台

豪華!伝馬町屋台

塙田睦会の大きなみこし

塙田睦会の大きなみこし

シティコンベンションの大貫さんと

シティコンベンションの大貫さんと

毎年60万人近い観客が訪れる宮まつり。
記念すべき40回目、皆さんはいかがだったでしょう。
今年もたくさん、見て聞いてきました。

目玉の一つ、100年ぶりに復活の火焔太鼓と
伝馬町、蓬莱町の屋台。
伝馬と蓬莱の屋台は、第1回の宮まつりにも
参加しています。
伝馬町の自治会長は、黄金色に輝く竜を見ながら
「この地区の宝物です」とひとこと。
蓬莱町の代表も汗をぬぐいながら
「ほかの地域の人も楽しめるよう
祭りを盛り上げたいね」。

木槍りはしご乗りは、
年々はしご乗りに参加する人がいなくなって
会長の古川芳男さんいわく
「毎年実施が難しくなっている」とのこと。

しかし、今年は高校1年生の豊さんが
はしご乗りの「練習生」としてとび口に参加。
さらに、去年から参加した義一さんは
古川会長が宮まつり第1回に参加した時と同じ年齢、
28歳の今年、ちょうど祭りの日に第1子誕生。
親方も「次に向けて」期待していらっしゃいました。

おはやしは「親子」「兄弟」での参加が実に多い。
智代さんと高1の隆二さん、中3の剛志さんは
仲間には「親子鷹」と言われているそう。
別のおはやしでは
剛さん、麻枝子さん、小2の愛里さんが家族で参加。
「家族で参加できて最高!」と笑顔で話す、その雰囲気が
「つながる」「絆」も感じさせてくれます。

みこし団体にも、それぞれのドラマがあります。
5基連合のひとつ、塙田睦会は
宮まつりより1年遅れで発足しました。
代表の佳孝さんは「1年先輩の宮まつりを
全員で盛り上げます」と高らかに宣言。

実は塙田地区にはほかにもみこしがあります。
そのひとつが「百目鬼(どうめき)みこし」。
「塙田睦会より小さいけどね…」と、
会長は印象に残ることを話してくれました。

「まちの外に出た人たちが
『百目鬼のみこしはまだ残っているんだ』と思ってほしくて
代々守っている。
街の人口は減って、付き合いも少なくなる中で、
この祭りがあることで集まれる。楽しめる。
だから、みこしを守っていくんだ」。

宇都宮シティコンベンションの大貫裕さんは
第1回から宮まつりを見続けています。
「第1回は、祭りの実現のためにと
若い人の爆発的なエネルギーがあった。
40回を迎えて、次の時代のために
若い人がどう『爆発』させていくか」。

今回、祭りの総括責任者を務めた木村武士さん。
「今年のテーマは『後世に残す宮まつり』。
40回目は記憶に残るまつりにしたいんです」。

節目だから、今までのこと、これからのこと。
いろいろなことを考えるきっかけに、そして
街を楽しくするきっかけになったと思います。
お天道様も、味方してくれました。

とちぎテレビ
飯島誠

2015年07月19日(日)

130年目の汽笛

お茶の容器も懐かしい・・・

お茶の容器も懐かしい・・・

立ち売り大盛況

立ち売り大盛況

平成27年です(笑)

平成27年です(笑)

吉田陽美さん親子は手作りフラッグで祝福

吉田陽美さん親子は手作りフラッグで祝福

7月16日に宇都宮線が開業から130周年を迎え
この土曜日、日曜日にはイベントが開かれました。

さまざまなイベントが行われましたが
一番興味を引いたのは「駅弁」です。
宇都宮駅は駅が開業したのと同時に
日本で最初に駅弁が販売されたのですが
当時の駅弁が再現されたのです。

当時の駅弁は
ごま塩おにぎり2個にタクワンが添えられ
ひとつ5銭。
今回も、当時と同じ竹の皮で包まれたおにぎりが
限定で販売されました。

駅弁は、デパートでのフェアなどでは人気ですが
最近撤退するところが多くなっています。
しかしこの日は違う。
駅弁発祥の地の味を守り続けている
「まつのや」さんが
粋ですね…立ち売りを復活させました。

後で知ったのですが
今回の衣装は昭和の初めごろまで使われていた
制服を復刻したものでした。
立ち売り自体も1990年代にやめていたので
「人気はすごいですね」と感慨深げ。

130周年を記念した記念列車、
昭和レトロの車両の前で見ると
時代が一気にさかのぼります。

今のものが、だめなのではありません。
ただ、昔のものは、デザインも雰囲気も
「美しい」と思ってしまいます。
「機能美」というのでしょうか。

記念列車には、地元の子どもたちも
招待されていました。
そのうちのひとり、
小学1年生の吉田陽美(みなみ)さん親子は
お手製のフラッグを掲げて列車をお見送りです。
新幹線「はやぶさ」がお気に入りという陽美さん。
「楽しかったです」と元気でした。

次の記念日に、残すべきものは何なのか。
次世代の人たちが「美しい」と思えるものが
これから生まれるのか。
おにぎりをほおばりながら、考えてみる…。

とちぎテレビ
飯島誠

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プロフィール

飯島 誠(いいじま まこと)

■氏名:飯島誠
■誕生日:5月22日
■出身地:栃木県小山市
■趣味:鉄道旅行、「ウチのメダカ」の飼育
■特技:話し相手の地元の話に強い(合わせられる)
■モットー:ゼロから。
■好きな食べ物:辛いもの。麺類なんでも。
■苦手な食べ物:特になし
■パートナーに...

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