うつのみやの戦災展始まる 戦争の記憶を後世に 宇都宮空襲から12日で81年 宇都宮市
宇都宮市の中心部が焼け野原となり620人以上が犠牲になった「宇都宮空襲」から12日で81年となります。
それを前に、当時の被害の様子などを後世に伝える展示が8日から始まりました。
「うつのみやの戦災展」は1945年、昭和20年7月12日の深夜に宇都宮を襲った空襲について多くの人に知ってもらい戦争や平和について考えてもらおうと毎年開かれています。
戦地での無事を祈って贈られた「千人針」が初めて公開されました。
第二次世界大戦で宇都宮市出身の海軍兵士が飛行機の機関士としてソロモン海に赴いた際、生きて帰国するまで肌身離さず持っていた貴重な資料で遺族から寄せられました。
また、終戦3カ月後にアメリカの調査団が宇都宮市民を対象に行ったアンケート調査の記録も初めて公開されました。
戦時中には言うことが叶わなかった正直な思いを伺い知ることができます。
最大の心配事という項目では戦争の勝敗への関心は少数で空襲などでの生命の危機や出征した息子の安否などが大半を占めていました。
このほか、宇都宮市の戦災記録の保存事業で収集した資料や写真などおよそ50点が展示され、当時の暮らしと記憶を幅広く紹介しています。
うつのみやの戦災展は8月31日まで宇都宮城址公園の清明館で開かれています。
それを前に、当時の被害の様子などを後世に伝える展示が8日から始まりました。
「うつのみやの戦災展」は1945年、昭和20年7月12日の深夜に宇都宮を襲った空襲について多くの人に知ってもらい戦争や平和について考えてもらおうと毎年開かれています。
戦地での無事を祈って贈られた「千人針」が初めて公開されました。
第二次世界大戦で宇都宮市出身の海軍兵士が飛行機の機関士としてソロモン海に赴いた際、生きて帰国するまで肌身離さず持っていた貴重な資料で遺族から寄せられました。
また、終戦3カ月後にアメリカの調査団が宇都宮市民を対象に行ったアンケート調査の記録も初めて公開されました。
戦時中には言うことが叶わなかった正直な思いを伺い知ることができます。
最大の心配事という項目では戦争の勝敗への関心は少数で空襲などでの生命の危機や出征した息子の安否などが大半を占めていました。
このほか、宇都宮市の戦災記録の保存事業で収集した資料や写真などおよそ50点が展示され、当時の暮らしと記憶を幅広く紹介しています。
うつのみやの戦災展は8月31日まで宇都宮城址公園の清明館で開かれています。
