「宇都宮市平和の日」に戦争遺構をめぐる 宇都宮
宇都宮市の中心部が焼失し620人以上の命が奪われた宇都宮空襲から80年を迎えた12日、市内では戦争の爪痕を今に伝える貴重な遺構などをめぐる催しが開かれました。
太平洋戦争の末期、宇都宮市の中心部がアメリカ軍による爆撃で焼け野原にされた「宇都宮空襲」から、12日で80年となります。
宇都宮市は中心部の大半が焼失し、620人以上が犠牲となった大空襲を忘れず平和の尊さを次の世代に伝えようと、7月12日を「宇都宮市平和の日」と定めています。
市内では、12日、平和を守ることの大切さを考え、平和の輪を広げていこうと戦争の痕跡が残る遺構をめぐる企画が開催され、定員の2倍以上となる応募者の中から選ばれた、小学生や高齢者など23人が参加しました。
そして日本陸軍が空襲と本土決戦に備えて八幡山公園内に建設を進めた特殊地下壕や、第十四師団の歩兵第六十六連隊の炊事場として造られた、宇都宮中央高校の赤レンガ倉庫などを見学しました。
参加者らは、市内で文化財のボランティアガイドを務める大塚雅之さんの話に耳を傾け、中には熱心にメモを取る人も見受けられました。
参加した小学6年生は「昔の人の暮らしについてよく知れてよかったです」と、中学2年生は「いまはみんな平和に、自分の夢を見て暮らしていますが、昔は私くらいの年齢でも戦争に行ったりして命の危険にさらされていたということがすごく心に残りました」と話していました。
説明を担当した大塚さんは「平和は待っていても来ないので、自ら平和に向かっていきましょうということを伝えたいですね。今回のような80年目の節目で、家族や地域の人と考える機会になるといいと思います」と話していました。
太平洋戦争の末期、宇都宮市の中心部がアメリカ軍による爆撃で焼け野原にされた「宇都宮空襲」から、12日で80年となります。
宇都宮市は中心部の大半が焼失し、620人以上が犠牲となった大空襲を忘れず平和の尊さを次の世代に伝えようと、7月12日を「宇都宮市平和の日」と定めています。
市内では、12日、平和を守ることの大切さを考え、平和の輪を広げていこうと戦争の痕跡が残る遺構をめぐる企画が開催され、定員の2倍以上となる応募者の中から選ばれた、小学生や高齢者など23人が参加しました。
そして日本陸軍が空襲と本土決戦に備えて八幡山公園内に建設を進めた特殊地下壕や、第十四師団の歩兵第六十六連隊の炊事場として造られた、宇都宮中央高校の赤レンガ倉庫などを見学しました。
参加者らは、市内で文化財のボランティアガイドを務める大塚雅之さんの話に耳を傾け、中には熱心にメモを取る人も見受けられました。
参加した小学6年生は「昔の人の暮らしについてよく知れてよかったです」と、中学2年生は「いまはみんな平和に、自分の夢を見て暮らしていますが、昔は私くらいの年齢でも戦争に行ったりして命の危険にさらされていたということがすごく心に残りました」と話していました。
説明を担当した大塚さんは「平和は待っていても来ないので、自ら平和に向かっていきましょうということを伝えたいですね。今回のような80年目の節目で、家族や地域の人と考える機会になるといいと思います」と話していました。