懐かしの名CM締め 新時代へ…ラジオ栃木放送AM放送休止、ワイドFM転換【特集】
ラジオ局の栃木放送が12月1日午前0時をもって、62年続いたAMラジオ放送を休止し、8年前から始めたワイドFMに転換しました。栃木で一番長い電波メディアの歴史の大転換点となった、切り替わりの日を追いました。
1963年4月1日にAMラジオ放送を開始したCRT栃木放送。報道、バラエティー、イベント…栃木で初めての電波メディアとして、数えきれないほどの話題を届けました。
これまでは、AMラジオと2017年に開始したワイドFMの電波に乗せてきましたが、2025年12月1日、歴史的な1日を迎えました。62年続いたAM放送の休止、ワイドFMへの転換です。
ラジオ放送を安定的に存続させるため、総務省が設けた特例措置を活用することになったのです。全国の民放AMラジオ局47社のうち27社がワイドFM転換への具体的な動きをみせていて、親局の転換は栃木放送を含む8社です。
「県民のAMラジオ」は、さまざまなふれあいを生んできました。
(1973年入社、リスナーご存じ「隆さま」阿久津隆一アナウンサー)「ラジオはパーソナル。『あなたとわたし』のおつきあい。ラジオはいいですね!」
人々の生活に溶け込み、寄り添うように流れてくるAMラジオの音。宇都宮市の理容おおあしでは、栃木放送が1日中聞こえてきます。
(理容おおあし 大足美智子さん)「もうラジオとともに生活しているようなものです」
(客の阿部恵昭さん)「若いころラジオを聞きながら仕事して、喫茶店にいると夜11時にラジオ栃木(※当時)をかけてもらって、11時の放送終了が家に帰る合図だった」
すべての放送が終わり、この日の放送の終わりを告げるクロージングでは、阿久津アナウンサーがこの日限りのコールサイン読みを行い、昭和の時代から流れここ10年来放送されなかった「男体山が見えたなら1530KHz」の名CMで、AM62年の歴史を締めました。
日付が変わった12月1日、栃木放送はこれまでと変わらない雰囲気でした。栃木放送は今後もワイドFMで放送を続けて行きます。またアプリ「ラジコ」でも聞くことができます。宇都宮94.1MHz、足利91.1MHz、今市・塩原・葛生93.4MHzです。
1963年4月1日にAMラジオ放送を開始したCRT栃木放送。報道、バラエティー、イベント…栃木で初めての電波メディアとして、数えきれないほどの話題を届けました。
これまでは、AMラジオと2017年に開始したワイドFMの電波に乗せてきましたが、2025年12月1日、歴史的な1日を迎えました。62年続いたAM放送の休止、ワイドFMへの転換です。
ラジオ放送を安定的に存続させるため、総務省が設けた特例措置を活用することになったのです。全国の民放AMラジオ局47社のうち27社がワイドFM転換への具体的な動きをみせていて、親局の転換は栃木放送を含む8社です。
「県民のAMラジオ」は、さまざまなふれあいを生んできました。
(1973年入社、リスナーご存じ「隆さま」阿久津隆一アナウンサー)「ラジオはパーソナル。『あなたとわたし』のおつきあい。ラジオはいいですね!」
人々の生活に溶け込み、寄り添うように流れてくるAMラジオの音。宇都宮市の理容おおあしでは、栃木放送が1日中聞こえてきます。
(理容おおあし 大足美智子さん)「もうラジオとともに生活しているようなものです」
(客の阿部恵昭さん)「若いころラジオを聞きながら仕事して、喫茶店にいると夜11時にラジオ栃木(※当時)をかけてもらって、11時の放送終了が家に帰る合図だった」
すべての放送が終わり、この日の放送の終わりを告げるクロージングでは、阿久津アナウンサーがこの日限りのコールサイン読みを行い、昭和の時代から流れここ10年来放送されなかった「男体山が見えたなら1530KHz」の名CMで、AM62年の歴史を締めました。
日付が変わった12月1日、栃木放送はこれまでと変わらない雰囲気でした。栃木放送は今後もワイドFMで放送を続けて行きます。またアプリ「ラジコ」でも聞くことができます。宇都宮94.1MHz、足利91.1MHz、今市・塩原・葛生93.4MHzです。
